Play For Kumamoto on June 14th 2016

Dear Sirs and Madams,
I’m pleased to announce that I will host a charity concert “Play For Kumamoto” on

14th June at Causeway Bay.

 Lots of people back home in Kumamoto are still suffering and recovering from the earthquake.

Your support will be very much appreciated. The details of charity are below.

Venue: 9/F, Japanese Club 

               535, Jaffe Road, Causeway Bay

Time: 1900 -20:00

Date : June 14th 2016


Dress code: casual smart

The details will be announced shortly.
   

【6月14日】 熊本地震チャリティ・コンサート

日時 6月14日午後7時

場所 銅鑼湾日本人クラブ9/F

 

今回の熊本地震で大好きな人々の心身が壊れた。予想より長い1000回以上の餘震が未だに続き、また大きいのが來たらどうしよう?という両親からの不安なメッセージもまだ届く。

私は大好きな熊本で頑張ってる人たちから一瞬でもその不安を取り払ってあげられる事ができたらと傲慢にも思う。

私に出來るのは熊本の方達が喜んで聴いてくださっている自作のKumamoto を香港で弾いて香港から熊本のの方々に応援してるよ〜とエールを送る事。

一緒に熊本にエールをおくりたい方是非是非ご参加ください。入場無料。集まった募金は公的機関を通じ熊本に送ります。

また、地元の方のナマの声を香港にいる皆さんにもお伝えしたいので、今回の震災で被災された方、またそうでなくとも伝えたいことがある方、メッセージ下さい。

【自作曲 – Kumamoto – 益城で録音】

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手のお手入れ〜バイオリニストの場合

私は決して美しくは無いが、頑張ってるバイオリニストの手が好き。

小さい時から練習したせいで左手の指が右手の指より少し長いところ。

何度も何度も弦を押さえるから左指先が大きく膨れてるところ。

そこに大事な時間を費やした跡が残る。それを見て”まだまだだなあ”って思ってまた試行錯誤する。

世の中の女性がそれは素敵に綺麗なネイルをしてるのを見ると”綺麗だなあ”と思う。でもいつも一緒に頑張ってるこの指が好きかなあと思う。

指は大事。爪が伸びると指板**にカチカチ当たってしまうし、ピッチカート**だって綺麗な音が出ない。だから毎日の様に爪は切る。毎日切るから伸びるのも早い。

毎日きっている間に爪より指の腹の方が盛り上がってきて高くなる。指先にある程度のお肉が付いていると、深い音が出やすい。指先は固すぎてもいけないから、お風呂などで指をお湯につけてマッサージもたまにする。

また爪も弱い人は割れやすくなると聞く。私はそれは無いけれど、一応爪に美容液を3日に一度くらいは塗る。(結構いい加減なので、適当…笑)

その他は指の感覚のためにも、お料理したり、皿洗ったり、できるだけ普通の生活をする。スポンジを絞る感覚とかってバイオリンのネック**を触るときに結構役立つ。

後は指がout of shapeにならない様に、出来るだけバイオリンを触る。

特別なことはしない。普通のこういう積み重ねがいいと思うなあ。

**指板   弦の下にある黒色の板

**ピッチカート  弦を指でハジく奏法

**ネック  指板のさらに下にある木目のある板

熊本の大地震

予期すらしなかった熊本の大地震。14日の夜に携帯に緊急ニュースが入ってすぐに両親に電話するけど、繋がらない。体が凍った。夜中にやっと電話が繋がって両親の無事を確認する。

家の棚はほぼ全て倒れたみたいだけど、幸い怪我も無かった。うちの両親を心配して、近いお友達が一緒に家に泊まってくれている。最悪の事態の中でのこの幸運を心から感謝した。同時に、人は助け合いながら生きていかなきゃならないということを、東日本大震災以来、改めて痛感しました。

今日の本震で震度6強、マグニチュード7.3を記録。近くの学校などに避難する人続出。うちの叔母も80を過ぎて一人暮らし。心配で電話すると、隣の夫婦が車で一緒に避難してくれたという。本当に有難い。

コンビニも閉鎖中。後2、3日で家の中の食料も尽きるだろうと友達は言う。

ヘリコプターを使ってでも他県からの迅速な供給をお願いしたい。私達の応援が熊本の人たちを支えます。

熊本の人たちも、前進するしか無いと、助け合いながら災害に対処しています。

一刻も早くこの地震がおさまる事を心から祈るばかりです。

  

魅力的な顔〜表情〜

先週の日曜日に久々に大好きなお友達十数名とランチをした。お友達というかお世話になってるというか尊敬してるというか、そういう人達と一緒に過ごした時間は楽しい以上のものがある。…その時の写真を見て”私、無茶苦茶楽しそうな顔してる!”と思った。決して綺麗に撮れてるわけでもないけどその写真の笑顔は自分でもいい顔して笑ってると思った。

人は本当に楽しいとか、嬉しいとか、悲しいとか、悔しいと思った時にすっごくいい表情をすると思うのですよ。そう言う一瞬しか見れ無い表情を発見した時、とてもスペシャルな気分になります。で、その人の事を男女問わずさらに好きになりますね。

あるヴィオリストの映像を見た時の事はよく覚えています。その彼女がステージに出てきた時は、凄く綺麗であるわけでも無く、ドレスももっと似合うものがあるはずなのにと思うような一見野暮ったい感じの印象でした。

それが、彼女が一度第一音を奏でた時に、彼女のイメージが180度変わったんです。表情も言葉では言い表せないくらい、魅力的なものになり、彼女の演奏をずっと聴いていたいのは勿論、見ていたいと思ってしまったのです。一瞬のうちに観客を魅了してしまう彼女に脱帽でした。彼女は全く見た目とか気にしておらず、音楽に入り混んでいる様子。だから人を音だけでは無く体全体で魅了できちゃうんでしょうね。素敵な人だなあって今でも思ってます。

人は物事に集中してる時の顔ほど魅力的な顔はないと思うんです。それが仕事の時であったり、趣味でやってるスポーツであったり、楽器を弾いてる時であったり、場面は様々ですが。

あとは愛する人のため、家族のために頑張ってる時の表情も凄くいい表情ですね。

一番わかりやすい例。隣や近くに好きな人がいる時の表情って本当に素直に出るからいい表情なんですよね。

集中したライフを送ってる人や、いろいろな苦労と努力を重ねて、その中に人生のちょっとした幸せを感じてる人の顔は素敵で魅力的だと思います。だから周りに人が寄ってくる。

いつかそう言う顔になってたらいいなあと願いながら、悪戦苦闘して毎日生きてます。笑
  
これは気の置けない仲間と苦労して開いた、リサイタルの打ち上げでの写真。

先生のお仕事 2

前回は生徒の”長所を最大限に伸ばしてあげる”と言うお話でしたね。

ではどうやって効率良く伸ばして行くのか?

やはり生徒とのコミュニケーションが要ですね。子供だったら、保護者と、香港ではプラスお手伝いさんとのコミュニケーションも必要ですね。今生徒の興味のある事は?とか、どんな事でいつも困ってるの?とか良くお話します。それと、レッスンでの生徒の反応から判断してレッスン方を考えています。

そして最近大事だなあと思うのは、必ず自宅でどうやって練習するのかをレッスンで練習します。”練習の練習”です。

先生がどんなに”間違えなくなるまで練習してきなさい”とか”テンポがバラバラだから一つのテンポで弾いてきてね!”と言っても実際次の週までに一体どうやってそこまで辿り着けるか生徒さん達は皆無でしょう。ある意味その説明だけで後は生徒に任すというのは怠慢です。

間違えなくなるまで弾くにはこういう練習をするのよ!と一緒に練習してあげないと無理です。(これはブログで練習方法を以前書いたと思います。)

テンポがバラバラならメトロノームを使ってこうやって練習するのよー!って一緒に練習しないと生徒さんは分かりません。大半の生徒さんは弾くのに必死で、メトロノームをカチカチ鳴らしていても、それ自体を聞いて無いので合わせられるはずも無いという状況を知りません。(プロでもそういう事はありますが笑) 

今時の香港の生徒は子供でもiPadを持っているという時代。保護者の大半はスマホを携帯しているので画像が撮れます。レッスンでメトロノームと一緒に生徒が弾いている様子を録音して生徒と一緒に反省会をします。こうやって、家での練習方法を教えます。中には家での練習風景を送ってきて確認する生徒もいます。伸びがやはり違いますね。

  
violinをガンガン弾いてても聞こえるメトロノーム。愛用しているDr.Beat
後は必ず生徒にはレッスンノートを作ってもらいます。

次のレッスンまでに達成しなければいけない点、練習する前に読む注意事項をレッスン中にレッスンノートに私の眼の前で記入してもらいます。子供の場合には次のレッスンでもう一度先週の注意事項を確認し合った上でレッスンに入ります。

今日は”練習の練習”について書きました。

余談。子供を教えるという事はとても大変。子供に全エネルギーを吸い取られてしまうのでは無いか?というくらいレッスンの後は疲れます。気持ちの良い疲れですが(笑) 最近、自主的に生徒がコンクールに出たいと言い出した。前向きになってくれて嬉しかったですよ。こういう瞬間に一緒に頑張った甲斐あったなって思います。

先生のお仕事  1

最近自分の生徒のレッスンや、友達のレッスンの様子を見たり聞いたり、コンクールの審査を聴いて思ったこと。

指導者に必要なものってどんなことだろう?という事。

生徒の不得手な所を補いながら、長所を最大限に伸ばす事…

具体的にどのようにすれば良いのか?

まずは生徒の性格、長所短所をできるだけ早く見抜く事。そして褒めて伸びる生徒かお尻を叩いて(実際には叩かないけど)伸びる生徒かを判断する。

どちらにしても、生徒には”ここがあなたの一番良いところよー”と言い続けて自信をつけてもらう。自分の長所をアピールするって日本の習慣にはないけれど、アメリカに留学して一番感動したのはそこ!お世辞にも上手くない演奏だけれど、この人の演奏好きだなあと思う演奏をアメリカで幾つか聴いた。では、どうして好きなんだろうと考えると、その人達に共通するのは、自分の長所を最大限にアピールできているという事。言葉を変えれば、オリジナルなのですよ。自分の良いところを知っているって大事だなあと心底思った。そういう演奏は完璧ではなくても、心に残ります。

生徒も自分の長所を言ってもらえると、魔法がかかったように前向きになる。やる気がでる。一昔前の”間違えてはいけません”教育は個人的に好きではない。間違わない演奏なら、コンピューター音楽がある。生身の人間が間違えない筈がない。間違えないに越した事はないけれど、それに固執しすぎて自分が無くなってしまったら音楽をやっている意味が無い。 

 尊敬する潮田益子先生とボストンのレッスン室で…
オリジナリティーを見出して、そこを伸ばしていくという所は指導者として大切な事の一つですね。

また次回この続きを書きます!

言葉で伝えるという事

最近つくづく思う事。

言葉で自分の気持ちを伝えるって本当に難しいなあって思うんですよ。

言葉にしようとすると自分が思ってる事からどんどん遠ざかってしまう感じがして、結局相手との会話を断念してしまう事とか無いですか?私はたまにあります。笑

その点、ヴァイオリンのレッスンは良いんですよ。言葉を尽くして生徒に伝わらない時は、ヴァイオリンを生徒の前で弾いてあげるんです。弾いてるうちに”先生、こんな感じですか?”って生徒さんも一生懸命私の言いたい事を分かろうとしてくれるから。そういう生徒との対話は好きですね。

しかし、日常生活の中で言葉に詰まった時にいつもヴァイオリンを弾く訳にはいかない。気持ちをその場で的確に伝える事ができないと、自分の中でどうしようって焦ってしまうんですよ。

最近、とても尊敬している方が日本へ帰国されると言うお話を聞き、お帰りになられる前に何とかこの感謝の気持ちをお伝えしようとするのですが、出てくる言葉って、在り来たりで、お世話になりました。みたいなつまんない事しか出てこないのですよ。本当に情けなくなりました。心の中の感謝の意はそんなにつまらない物では無いはずなのになあと悔しい思いになりました。こんな思いを綺麗な言葉で伝えられる!と自信のある方、是非ご伝授下さい。


これは私の愛犬 健太です。

このブログ書いてたらこんな顔して遊ぼうか?って隣に座って会話しようとするんです。

健太は話せないけど、私よりも気持ち伝えるの上手だなあと感心してしまった。

表情と言うのも大事なのかもしれませんね。
ブログを書きながら気持ちの伝え方勉強します!

コンクールでのアプローチ Hong Kong International Violin Competition

   

 

一昨日、昨日と2日間、Hong Kong Internationl Violin Competition とHong Kong Internatinal Chamber Competition に審査員として参加した。

小さい頃から何度か経験したこのコンクールというイベント。幼い頃は、正直コンクールが嫌でしかたなかった。人前で弾くのが怖くて、コンクール直前になると熱を出したり、病気になったりするほど。(笑)。ほぼ私にとっては拷問以外の何物でもなかった。

今回は逆の審査員という立場での参加。

以前、私もコンクールで色々な経験をしてるので、審査員席から第三者として聴いていろんな勉強をさせてもらいました。

これは今後コンクールを受ける皆さんの参考になればいいなと思ってます。

2日間でおよそ100名ほどの演奏を聴いた。

当たり前だけど、こんなに沢山いると全員の演奏を覚えてる事はできません。だから弾いてる間にメモをとるのです。あ!この子の演奏いいなあ、好きだなあと思う演奏の時は自然に次回はこの部分をこうしたらもっと良くなるとか将来の事をコメントしている事に自分でも気づきました。

これはオーケストラのオーディションでも同じ事、ファイナルとかに残ると、審査員がこのプレーヤーに入団して欲しいと思ったプレーヤーには、ここをもっとこうやって弾いてみてとか、その場でオーダーを出します。

逆にその他100名の大勢の中に埋もれてしまう演奏だと、音程の注意とかリズムの注意とか書き込んでますね。。

あ!この演奏好きと思った子達の演奏に共通するのは、曲全体の構成を把握していて、一つのストーリーを作り上げられているところ。スムーズな序奏から入り、クライマックスに向けて気持ちを高めていき、その後クールダウンして静かに終わる、という風に(曲によってアプローチ方は変わってきますが)バランスのとれた演奏ができているという所です。

’’知子さん、つまらない演奏をするから、音程とかを指摘されるのよ。

演奏が興味のあるものだったら音程を指摘される事は無いのよ!’’

と私の尊敬する師匠、故潮田益子先生はおっしゃっておられました。今回このコンクールを聴きながら本当にそうだなと納得した。

演奏が面白いとは? 曲に一つの物語がある。曲に流れがあり、方向性がある。その流れにブレが無い。という事でしょうか。

演奏するストーリーに説得力があれば、少々の音をミスしても聴いてる方はあまり気になら無いのですよ。

演奏中にミスしてその曲の流れを中断するからそのミスが目立つのです。だから曲の流れを少々のミスで止める事ほどもったい無い事は無いですね。

中にはテクニックに捕らわれすぎて、曲全体の把握をして無いために、聴いていて、この人は一体何を弾いてるのだろうか???と思った演奏もありました。

コンクールとかに出てしまうと、それ自体が大変なので、根本にあるどうしてあなたは音楽やってるの?という所を見失う所があります。テクニックが大事ではなく、音楽が大事なんです。

だから難しくて弾け無い所があっても、それだけに固執せず(もちろん克服するための練習はしつつ)、物語を作る事に集中して欲しいと思ったし、自分でも改めてそうしようと思った。

自分がその曲に興味を持たなければ、聴いてる人たちは共感できません。

今回のコンクールで一番強く思った事をまず書きました。

しばらくこの事についてブログで書こうと思ってます。

コンクールで頑張った演奏者の皆さん、お疲れさまでした!!

いろいろと書きましたが、ステージに立ったそれだけで、私はあなたたちは勝者だと思ってます。これからもいい音楽を創っていってくださいね。

応援してます。

 

 

 

気持ちを伝える 〜バレンタインデー〜

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昨日はバレンタインデーだった。

仲良い4人、イタリアンレストランで食事をしました。

仲良し同士でいろんな事を話していたら、嬉しそうにブーケを抱えた女性が彼らしき男性と隣の席に座った。微笑ましい光景でした。

香港では日本とは違って男性が女性に花束を贈る日らしい。聞くところによると、花代はその日3倍に跳ね上がるという。

もっと驚いたのは、その花を働いてるオフィスに送ってもらうのが 定番らしい。

花を贈られて嬉しくなるのは私も一緒だけれど、その話を聞いてビックリした。

え?

大事なのはお互いの気持ちなのでは?

きっと私には計り知れ無い何かがそこには有るのでしょう。

時代は常時変化してるのですねー。

なかなか気持ちを伝える事が出来無い人たちのために、こういうイベントがあるのは個人的には

反対ではありません。

私だったらどの様に気持ちを伝えられたいのか?と考えてしまいました。

お花は好きだからもらったら嬉しいけれど、もっと嬉しいものって何なんだろう?

やはり、その人の気持ちが込められたものがいいなあ。

例えば、手書きのメッセージはいいと思う。メールでは無くてね。本人目の前に気持ち伝えるのは大変だからワンクッション置いた手書きの手紙やショートメッセージ。

まあ、私の場合周りが音樂してる人ばかりだから、私の好きな曲を弾いてくれたり、歌ってくれたり、

作曲してくれたら嬉しいなと思うのだけれど。

言葉で気持ちを伝えるのは難しいけど、音楽って気持ち込めやすいから。(この前もこの事書いたなあ)

知り合いが、’’カラオケは一生懸命歌うもの’’と言いきっていたのを思い出した。一生懸命大事な人の前でカラオケ歌うっていうのもいいのではと思う。

何かしら、その人が心を込めて使った時間っていうのが贅沢な贈り物なのではないでしょうか?

一生懸命働いたお金で、高価なものを贈ってもいいのでしょうが、やはり好きな人が作ったものを受け取る方が私は嬉しいです。

つくづく音楽という気持ちを伝える手段が他にあって良かったと思いました。